★★ 2019年 佐渡は HONMAの年です。★★「ホンマでっか!? 本間です年。」★★

ホンマでっか!? HONMAです年。2019年佐渡は Anniversary

Anniversary congratulations SADO 2019

2019年 今年の佐渡は Anniversary!

ホンマでっか!? HONMAです年。

750th Anniversary(本間文字 初見参)

今から750年前の1269年・文永6年は佐渡に初めて本間の文字があらわれた年になります。

ホンマでっか!? HONMAです年。

佐渡 本間の文字 750th Anniversary congratulations

 

570th Anniversary(金の花榮たる所 佐渡)

『今昔物語集』巻第二十六に

「能登國堀鐡者行佐渡堀金語第十五」に

「…… 佐渡の國にこそ金の花榮たる所ハ有りしか ……」

とあり、佐渡で金が採れることが書かれています。西三川砂金山のことと思われます。
出典近藤圭造(1882)『今昔物語集 巻第26』, (※コマ番号46)

 

今昔物語集の成立は平安末期頃とされていますが

出典京都大学附属図書館. (1996)
「今昔物語集」への招待 -鈴鹿本「今昔物語集」国宝指定記念-   に、

なお、『今昔物語集』は内包する多様性、迫力ある描写、等々さまざまな魅力をもつ作品であるにもかかわらず、その名が後行現存の文献中に登場するのは室町時代の僧・大乗院経覚の日記『経覚私要紗』宝徳元(一四四九)年七月四日の条「四日、霧、夕立、今昔物語七帖返遣貞兼僧正畢、…」が初めてである。中世を通して他に現われず、次に出てくるのは近世初期ともいえる『多聞院日記』の天正一一(一五八三)年十一月八日条「…今昔物語十五帖大門二在之 南井坊へ返遣了」となる。古本系といえども伝写本のほとんどが近世以降のものであることを考え合わせると『今昔物語集』は鈴鹿本が中世初期に書写されてのち長い眠りについていたと考えられる。

とあります。上記からしますと

「佐渡の國にこそ金の花榮たる所が 出来上がったのは、平安末期頃ですが
はじめて世に出たのが今から570年前の1449年・宝徳元年となります。

つまり、宝徳元年が「佐渡金銀山の告知元年」と言えます。

2019年は「佐渡金銀山の告知元年」から ちょうど570年目です。

 

新元号○○元年は、佐渡にとって

次なるステップ・新たなる「佐渡金銀山の告知元年」としなければなりません。

2019年4月1日に発表される新元号○○元年は

佐渡の國にこそ金の花榮たる所」と内外にアピールする新たなる告知元年と言えます。

 

佐渡(地元)に関心を持つ年でもあります。

ホンマでっか!? HONMAです年。

佐渡金銀山告知 570th Anniversary congratulations

 

460th Anniversary(佐渡産金銀バラまく)

上杉謙信が佐渡産の金銀をバラまいた!?

今から460年前の1559年・永禄2年

永禄2年2月
織田信長(26歳)は、上洛して将軍足利義輝に謁見してます。

その2か月後の永禄2年4月
長尾景虎(上杉謙信・30歳)も上洛・謁見し、佐渡産の金銀を京洛の諸所に贈与したとあります。
「 … 此悉ク分内佐州ノ産ニシテ年々ニ其産限リナシ … 」とあります。出典【上杉家御年譜】

佐渡産砂金

この上洛行為は前年の北白川の戦いの影響も大きいかと思われますが、戦国武将の駆引きが見えてきます。

先に信長が上洛したことを景虎(謙信)も、世間も知っています。漢の意地、ポジショニング戦略とでも申しましょうか、そういったことも関係して佐州ノ産ニシテ年々ニ其産限リナシ」という言動につながったと思われます。この景虎(謙信)の行動は広く京中に広まったことでしょうし、信長との違いを世間に知らしめる結果となりました。

また、このことは耳障りな事として信長に届けられ 、木下藤吉郎(秀吉)にも伝わったことと思われます。

そして、この景虎の行為(金の花が栄える佐渡)が、藤吉郎(秀吉)にイメージとしてインプットされ、のちの秀吉の意「金銀山は、公儀の御山たるべし」につながっていくのだと思います。

したがいまして、460年前の謙信の佐渡産金銀のバラまきは
佐渡金銀山発展のプロローグ的な出来事とも言えます。

ホンマでっか!? HONMAです年。

佐渡金銀山の序 460th Anniversary congratulations

 

430th Anniversary(佐渡金銀山の礎)

佐渡金銀山の礎・佐渡天正の役

今から430年前の1589年・天正17年

佐渡は上杉景勝によって平定されました。秀吉の意である「金銀山は、公儀の御山たるべし」の元、天下統一という大きな枠組みの中、佐渡への侵攻は必然であり、豊臣大名として佐渡の産金銀の円滑な吸収は上杉にとって必要不可欠な命題でありました。

ホンマでっか!? HONMAです年。

佐渡金銀山の礎 430th Anniversary congratulations

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HONMAです年。

単なる語呂合わせや、親父ギャグと おっしゃるかも知れません。

しかし、古来より言葉には魂(霊的な力)が宿るとされていて「ことだま」とも言われています。

そして、「想い」や「言葉」にも「色」があり、それは伝わるものだと信じています。

ポジティブな言動は相手に心地よい色となって伝わります。

まずは、自分を装うだけでも良いと思います。

佐渡(地元)に関心を持ち

みんなで佐渡の世界遺産登録の機運を高めましょう!

2019年佐渡。ホンマでっか!? HONMAです年。ホンマ(本気)です!

 

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